大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和58年(レ)41号 判決 1985年3月08日

控訴人

山本馨

右法定代理人親権者

山本太郎

山本花子

被控訴人

吹上町

右代表者町長

峯岸徹

右訴訟代理人

林浩盛

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人は、控訴人と被控訴人との間で昭和五七年三月二四日大宮簡易裁判所において裁判上の和解が成立し、本件損害賠償請求権の存在しないことを確認したのであるから、和解調書の既判力により本訴請求は許されない旨主張する。

そこで、請求原因事実の検討に先だち、別訴和解調書第三項が、控訴人と被控訴人との間で本訴請求にかかる損害賠償請求権の存在しないことを確認する趣旨をも含むものであつたか否かについて検討する。

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、昭和五六年三月一二日に控訴人が予定の作業に移らずカーペットに座り込んで絵本を読んでいたことから問題を生じたこと(以下「第二事件」という。)も当事者間に争いがない。

2  そして、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  第二事件発生後の昭和五六年三月一九日、太郎は、第一事件につき保育所保母訴外中田春子を刑法二一八条、二一九条(保護責任者遺棄、同遺棄致傷)、第二事件につき右中田及び川村を刑法二一八条、一九三条(公務員職権濫用)の各罪で埼玉県鴻巣警察署に告訴し、その結果、右各事件は浦和地方検察庁に送致された。

(二)  昭和五六年四月から五月にかけて、被控訴人代表者町長峯岸徹と控訴人らに保育所保護者会副会長訴外成塚健一を交じえて、従来控訴人らと被控訴人との間に生じていた紛争を解決するための話合いがもたれ、峯岸町長が保育所の保母に控訴人らに対する詫び状を書いてもらうことを約束したことによつて、控訴人らはすべてを水に流すということで一応の合意に達した。しかしながら、保母が詫び状を書くことを拒んだため、まとまりかけた交渉も結局決裂した。

(三)  控訴人らは、昭和五六年六月一三日に第一事件につき別訴を提起し、同訴訟の口頭弁論期日において、事情として第二事件の内容を記載した準備書面を陳述し、これに副う証拠として第二事件の経緯を詳細に記したメモを提出した。

(四)  昭和五七年二月、別訴について和解による解決を図るべく、訴外名尾法律事務所において、右事件の被告代理人山本正士と太郎との間で交渉がもたれ、その際、第一事件のみならず第二事件をも含めて、当事者間に存する一切の紛争を解決しようとの方向で話合いが進められた。

(五)  別訴については、前記のとおり、昭和五七年三月二四日に裁判上の和解が成立し、その和解条項第一、第二項は和解の対象を「本件出来事」または「本件」とし、即ち第一事件に限定したものの、同和解の席上で右和解条項とは別に第二事件についても告訴を取り下げる旨の合意が成立し、太郎が取下書を作成した。

(六)  太郎は、嘗て、被控訴人に対し第二事件についても損害賠償を請求する旨の書面を提出したことがあつたが、別訴和解が成立した頃には、最早、被控訴人に対し第二事件についての損害賠償を請求する意思を有していなかつた。

(七)  その後、前記和解調書及び前記(六)の取下書に基づき、第一、第二両事件についての告訴は取下げられた。

(八)  昭和五七年四月一〇日、別訴和解調書第一項の謝罪の意思を具体化するため、吹上町立富士見保育所において、被控訴人らが控訴人らに対して陳謝するための会合が設けられた。右会合には、控訴人側から太郎、花子が出席し、被控訴人側からは峯岸町長、訴外中島福祉課長、訴外平井睦子主任保母、第一事件発生当時の控訴人の担任保母訴外中田春子のほかに、第二事件発生当時の控訴人の担任保母川村も出席した。

そして、町長、福祉課長及び主任保母が第一、第二両事件を踏まえ、保育所の爾後の運営方針をも含めて全体的立場から陳謝した。次いで、訴外中田春子が第一事件について謝罪した後、川村が第二事件について謝罪しようとしたところ、同人の謝罪の内容に満足できなかつた太郎及び花子が川村の責任を改めて追及しようとしたため、事態は紛糾して会合は決裂するに至つた。そして、昭和五七年九月二二日に本件訴訟が提起された。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する法定代理人山本太郎、同山本花子の各供述の一部は、前掲各証拠に照らしてにわかに採用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

3 以上の事実によれば、控訴人ら及び被控訴人は別訴和解の前後を通じて、第一、第二の両事件を密接に関連した一連の紛争として意識し、両事件をともに解決しようとしていたのであり、これに、別訴和解調書第三項は、第一、第二項のように和解の対象を第一事件に限定していないこと、その文章は和解調書において通常これによつて紛争当事者間において存在する一切の紛争を和解により解決する趣旨でよく使われるものであることを併せ考慮すると、右第三項は、第二事件に基づく控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権も含めて、控訴人らと被控訴人との間に他に一切の債権債務の存在しないことを相互に確認した条項であると認められる。

したがつて、本訴における損害賠償請求は、別訴における裁判上の和解調書第三項で控訴人と被控訴人との間で債権債務の存在しないことを確認した部分の既判力に抵触し、結局、本訴において再び請求することは許されないものといわざるを得ない。

三よつて、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(菅野孝久 永田誠一 山内昭善)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例